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それぞれの支援で

色々書こうと思ったことが吹き飛んでしまったこの数日です。

きちんとお見舞いを申し上げたいところですが、地域によっては、日が経つにつれ、落ち着くどころかますますの困窮につつまれているかと思います。九州の震源地、あるいは近い方は、身の安全を確保の上、ひきつづき用心をされてくださいますように。また、情報が錯綜するなか、さまざまに混乱するのは無理もないことです。「居てもたっても居られず」に行動をしている者(その気持ちとてもよくわかります)に対して、心配をするのならともかく、不必要な中傷をしたり足をくじかせるような行為はかなしいです。

福岡市でも、行政が立ち上がる前に、高校、大学の若者たちが、Twitterなどを通じてネットワークをつくり、支援物資の第一便を避難地区に届けていました。

私はそんな行動がとっさにできることを素晴らしいなと思いましたし、とても感心しました。現実には、大きなゆれは続いているし、交通もマヒしているなか、大変なことだったと思いますが、そうした行動が、避難所で「いま」助けを求めている方や「もう、ダメだ……」とうちひしがれている方々に、「よし、明日はしっかりしよう!」 などの前向きな気持ちを与えると思っています。

「冷静に」対処することがもちろん一番で安全なのでしょうけど、「冷静に」対処したことで「いま」を救えなければ意味がありません。

冷静に対処するのはプロにまかせておいて、それぞれのできるだけの支援をすればよいのではないでしょうか。

 

さて。私は、11年前に「福岡西方沖地震」(2005年3月、玄界島を中心にM7クラスの地震がありました)を経験していますので、震源地周辺とそのちょっと離れただけの温度差というか、同じ町内でも、建物の構造とか、地震道――これは別の正式な考察があると思いますが私はこの言い方好きです――で被害の差が大きく出ることを知っています。当時住んでいた家屋も、一部損の認定をうけましたが、通りをへだてたマンションや家は、程度にさまざまな差異がありました。屋根にブルーシートをはった家もあれば、外からは被害がないように見える家もありました。

そうして、こうした複雑な経験は、何年もたってすべてが片付き、気持ちも整理されてから言えることが多いのです。私の場合は、まずわが子の心の安定、住所を知られないようにしよう(空き巣や嫌がらせもこわい)、私の安易な発言で家屋や土地の評価がさがったり、近所の住人に迷惑があっては……などなど、考えた憶えがあります。九電体育館などの避難所に物資を届けたあと、最近ふいに聞くようになった「共感疲労」にひきずられる日々もあったと思います。今回は何度も大きなゆれが襲っていますし、それだけに被害も大きく、当事者は想像以上に複雑な局面に立たされているのではないでしょうか。ですから、理由があって一所懸命黙っていることに、「なぜ、言ってくれなかったの?」「こんなに心配しているのに」というような言葉かけは有難い一方でなかなかしんどいものです。まして、「大したことじゃないんじゃない?」などと勘ぐられたら深く傷つくでしょう。話せるときがきたら話してくれるのです。それまでは、どうかそっとしておいてあげてください。

 

まだ5年前のことだって整理できていない方々がたくさんいると思います。

この記事を読んで、少しでも共感するところがあったり、自分のことのように感じてくださったら幸いです。あるいは、「私はそうは思わないわ~」ということでも、それはそれで、新たな視点になればいいと思っています。

  2016/04/19   xyz

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