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2016年04月

猫を飼わない理由

 

過日、小川未明文学賞贈呈式では、受賞者の皆さま、華々しいお席にご一緒させてもらい有難うございました。もう、あれよと、ひと月も経ってしまい報告が遅れました。あらためましておめでとうございます。

また、審査員の先生、編集者さまや先輩作家の皆さま、お久しぶりの皆さま、思いがけずたくさんの方にお会いできて、「レセプション」(歓談中)は楽しいひとときでした。

 

小川未明文学賞は24回をむかえ、児童文学を志す者なら一度は挑戦しよう…してみたいと思う賞のひとつではないでしょうか。過去の受賞作には、知り合いの作家さんのお名前がずらりと並んでいます。3月28日より、ホームページに発表(「過去の文学賞」)されています。

 

私は約20年も前に3度応募して、1作が最終選考に残った縁で、ある著明な先生が気にかけてくださり、このごろは毎年招待状をいただきながら、なかなか休みがとれない職場にて出席がかなわず、ご辞退をいつも心苦しく思っていました。それは、福島正実記念SF童話賞・ジュニア冒険小説大賞贈呈式に欠席の際にも思っていたことですが、基本、福島賞(以後略)は、所属している創作集団プロミネンスが主催側ですので、受け止め方がちょっと違うのです。
その福島賞で、私のデビュー作を、最初に作品として受け取ってくださった岩崎書店の元編集者さまとも、未明賞の歓談ではゆっくりお話することができました。

 

生前お会いすることがかなわなかった、ご尊敬してやまない憧れの作家のひとり、大石真さんのあらたなお話しもうかがうことができました。(これまでも、大石さんを知る方を見つけては、思い出を聞きだそうとする迷惑なファンだったのです)、例えば、ある日の原稿のやりとりなど、ファンなら身悶えるエピソードに、がっつり、耳を傾けておりました。そんなこんなで、挨拶したきりでお別れしてしまったあの方この方、ごめんなさい。特に懐かしい方々とはもう少しお話ししたかったです。大変惜しいことをしました。

 

秋には、童話作家 小川未明にちなんだイベントもひらかれる予定だそうですので、こちらでも応援のご案内させていただきますね。

それにも関連する息子たちとのやりとりなども書きたかったのですが、あまりにも多くのことが短い期間に一度に起こったので、私自身が「まとも」じゃないような気がします__(もともとですか?)

書き残すとしても少し時間を置きますね。


上京中でしたっけ? 記憶があいまいです。

たまたま見かけた番組で、マツコ・デラックスさんが、猫を飼わない理由として孤独をあえて引き寄せたい(「...芸人としての私がダメになると思うの」)みたいなストイックな発言をされていたのが、妙に腑に落ちました。あ、でも、パチンコの玉のように引っかかって引っかかって「入りました~!」って感じです。

そもそも猫を可愛がるなどの情が足らないと思っている私も、書くことだけに関しては、近い感覚を持っているんじゃないかなアなどと親近感をわかせていただきました。でも、その感覚、最近はあらゆる面で甘えが過ぎていたためか、見直し時期にきているように思えるのです。気づいたのなら、メンテナンスが必要ですヨネ。

 

 

◇◇◇

「◇菜◇」というブログをあらたに加えましたことをお知らせします。ちょっと前から書いていて公開があとになりました。

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ソーサク部屋   2016/04/30   xyz

#くまモン頑張れ絵

mamoru1.jpg©くまモン

わたくしも遅ればせながら  #くまモン頑張れ絵  を貼ります。ぺたりっ。
ごめんなさい、鉛筆書きで。
色んな方が描いているのが広がっていて、愛らしさにフッと緊張が抜ける感じです。

 

Twitterに流そうかとしたんですが、タグつけただけで想像以上にインプレッション数多かったので、ひっそりアップすることにします。

(大分めじろんは使っていいのかわからなかったので、今のところ保留です)
 

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  2016/04/20   xyz

それぞれの支援で

色々書こうと思ったことが吹き飛んでしまったこの数日です。

きちんとお見舞いを申し上げたいところですが、地域によっては、日が経つにつれ、落ち着くどころかますますの困窮につつまれているかと思います。九州の震源地、あるいは近い方は、身の安全を確保の上、ひきつづき用心をされてくださいますように。また、情報が錯綜するなか、さまざまに混乱するのは無理もないことです。「居てもたっても居られず」に行動をしている者(その気持ちとてもよくわかります)に対して、心配をするのならともかく、不必要な中傷をしたり足をくじかせるような行為はかなしいです。

福岡市でも、行政が立ち上がる前に、高校、大学の若者たちが、Twitterなどを通じてネットワークをつくり、支援物資の第一便を避難地区に届けていました。

私はそんな行動がとっさにできることを素晴らしいなと思いましたし、とても感心しました。現実には、大きなゆれは続いているし、交通もマヒしているなか、大変なことだったと思いますが、そうした行動が、避難所で「いま」助けを求めている方や「もう、ダメだ……」とうちひしがれている方々に、「よし、明日はしっかりしよう!」 などの前向きな気持ちを与えると思っています。

「冷静に」対処することがもちろん一番で安全なのでしょうけど、「冷静に」対処したことで「いま」を救えなければ意味がありません。

冷静に対処するのはプロにまかせておいて、それぞれのできるだけの支援をすればよいのではないでしょうか。

 

さて。私は、11年前に「福岡西方沖地震」(2005年3月、玄界島を中心にM7クラスの地震がありました)を経験していますので、震源地周辺とそのちょっと離れただけの温度差というか、同じ町内でも、建物の構造とか、地震道――これは別の正式な考察があると思いますが私はこの言い方好きです――で被害の差が大きく出ることを知っています。当時住んでいた家屋も、一部損の認定をうけましたが、通りをへだてたマンションや家は、程度にさまざまな差異がありました。屋根にブルーシートをはった家もあれば、外からは被害がないように見える家もありました。

そうして、こうした複雑な経験は、何年もたってすべてが片付き、気持ちも整理されてから言えることが多いのです。私の場合は、まずわが子の心の安定、住所を知られないようにしよう(空き巣や嫌がらせもこわい)、私の安易な発言で家屋や土地の評価がさがったり、近所の住人に迷惑があっては……などなど、考えた憶えがあります。九電体育館などの避難所に物資を届けたあと、最近ふいに聞くようになった「共感疲労」にひきずられる日々もあったと思います。今回は何度も大きなゆれが襲っていますし、それだけに被害も大きく、当事者は想像以上に複雑な局面に立たされているのではないでしょうか。ですから、理由があって一所懸命黙っていることに、「なぜ、言ってくれなかったの?」「こんなに心配しているのに」というような言葉かけは有難い一方でなかなかしんどいものです。まして、「大したことじゃないんじゃない?」などと勘ぐられたら深く傷つくでしょう。話せるときがきたら話してくれるのです。それまでは、どうかそっとしておいてあげてください。

 

まだ5年前のことだって整理できていない方々がたくさんいると思います。

この記事を読んで、少しでも共感するところがあったり、自分のことのように感じてくださったら幸いです。あるいは、「私はそうは思わないわ~」ということでも、それはそれで、新たな視点になればいいと思っています。

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  2016/04/19   xyz