花びらもちもち
新年に、久ぁしぶりにつくってみました~
これまで触れたとおり、信仰には少し距離を置く背景がありましたが、稽古場にお供えの鏡餅が二週間以上カビずにいたのを初めて目の当たりにして、歳神さまは、確かに、お清らかにいらっしゃると思いました。
この年末年始、福岡は雨も降ったほうで湿気も多かったのです。
その方面にはかなり鈍感なわたくしでも、「大物」の気配を感じとりました。
新年に、久ぁしぶりにつくってみました~
これまで触れたとおり、信仰には少し距離を置く背景がありましたが、稽古場にお供えの鏡餅が二週間以上カビずにいたのを初めて目の当たりにして、歳神さまは、確かに、お清らかにいらっしゃると思いました。
この年末年始、福岡は雨も降ったほうで湿気も多かったのです。
その方面にはかなり鈍感なわたくしでも、「大物」の気配を感じとりました。
いきなり大きな話だと思うけど、わたしは特定の宗教の信者ではありません。
というのも、わたしの実家は神道で、夫氏の実家は大乗仏教の宗派で、家族ぐるみで親しくしてもらっているお寺さんは黄檗宗で、従兄はクリスチャンで、歴史をさかのぼると先祖にはキリシタンもいたらしい……という具合で最初から"まぜまぜ"の思考でいないと頭のなかが整理できないからです。
そして時には、ひとつに固執すると、人づきあいもうまくいかなくなるからです。
たとえば一日の初めに、神様に拝礼して(お稽古場)、夫家の仏壇のお花の水をかえて、伯母と従兄に「メリークリスマス!」を言って、お寺さんのお呼ばれ会に行くという流れもあり得ます。たった一日に。 ←今週末あたりがそう
それぞれの熱心な信者からしたらどのように思われるのでしょうか。
ただ、それぞれに向かいあうときにできるだけ心はやわらかくありたいと思っていますが……
今の世に、神仏習合の考え方が日本人の"モトモト"にしみ込んでいてよかったなあとつくづく思っています。
でなかったら、まわりの人、一人ひとりを大切にすることも難しかったでしょうから、ね。
そうそう。そういえばその流れで。
このあいだ天神のお店で着物の羽織を選んでいるときに、外国人の旅行客とみられる男の人がとつぜん話しかけてきたんです。
着物を手に広げながら、
「これはワイフにどうか?」(簡単な英語)
「タイはどれか?」(帯のことだと思った)
などなど。
ほかにも別の男性となかにはヒジャブをかぶられた女性が数人いらっしゃいましたね。どの方が「ワイフ」かわからないし、一緒に「ワイフ」を連れているとも限らないので、そこは慎重に受け答えしました。
ショップの店員さんいわく、近ごろ、記念に買って帰られる方が増えているそうです。
着ているすがた見たかったなあ。
※12月9日付 画像と後述を追加しています
まずは、お知らせです。
所属の創作集団プロミネンスのサイトのトップページに追悼文が掲載されています。
眉村卓先生があちらに旅立たれて今日でひと月が経ちましたね……。
ぜひにぜひにアクセスしてみてくださいね。→http://ss-prominence.com/
福島賞ではかなり古株のわたしですから、お亡くなりになった先生方との思い出話などもどこかで書きつづりたいと思いつつも(とくにかつての選考委員でいらっしゃった光瀬龍先生、木暮正夫先生方とのエピソードなど知りたい若手の会員もいると思います)発表の機会がこれまでなかったのです。
わたしは島根県松江の県立短大を卒業しているんですが(のちに島根県立大に吸収合併)、一度プロミネンスの会員で松江出雲ツアーに行ったことがありまして、中尾明先生、南山宏先生、高田勲先生方のご紹介で、SF作家の豊田有恒さんとお食事をさせていただいたこともありました。
豊田さんは当時は確か島根県立大の教授でいらっしゃいました。畑中弘子さん、廣田衣世さんもご一緒の楽しい旅でした。
昔話に花を咲かせる先生方からは、ウィキペディアに書いてあるようなこととは遠く(なぜだったんでしょうね?)出てくる出てくる創作関係ごとはお互いをねぎらうような内容で和やかに歓談されていらっしゃいましたね。
だいたい、本人が正式に発表していること以外は「第三者」の憶測にすぎないのではないか……それとも御大方の盛大な仕掛けだったのか(SF界を盛り上げるため? …これもただの憶測)とまで勝手に思えたできごとでした。
いつか追悼をかねてのSFアンソロジー集など企画できたらいいなあと個人的には思っています。あくまで個人の願いで現時点では誰かにご相談しているわけではないです。
プロミネンスが昔発行していた会報も、できればテキストで起こしたほうがいいのでは……というくらいの貴重な内容のものがあります。著作権などで難しいでしょうか……。
表紙:金森 達
11月30日は、日本児童文芸家協会さまの「第1回 童話塾in九州」の案内状をもらいまして行ってまいりました。わたしは長年日本児童文学者協会の会員ですので会を跨いで参加させていただいたこと感謝申し上げます。(両会は作家のうちうちでは、”児文芸””児文協”と略してもよく呼ばれています →後述)
講師の先生方からはたくさんの新たなヒントをいただけましたし、会場には、創作仲間というより”児童”書仲間ですからもはや幼なじみではないか? というメンバーの顔触れに 何かぐっとこみ上げるものがありましたね。季巳明代さんとお別れ時にガシッとハグしあいました。森田きよらさんとはたぶん15年ぶりくらいの再会でした。
理事でいらっしゃる高橋うららさんとは、”うらぴょんさん”と呼ばせてもらっていたころから親しくさせていただいています。(いまはそんな風にはとても呼べませんが)
会場で一日早く販売されていた『児童文芸』12月1月号 特集「児童文学塾デビューへの道」を開いてみると、巻頭に沢田俊子さんがご寄稿されていました。福井県の第1回恐竜文化賞のエピソードに、えっ? あのときそんなことがあったの? と初めて知ったびっくりな内容でした。1995年11月26日のことであの日福井は大雪でした。
会場までの先生方のお足運びも大変なことでしたでしょう。
わたしもビギナーズラックの最初の最初の受賞でしてようやく辿りついた会場では舞い上がりあまりにボーーーーッとしていました。企画監修の竹内均博士には声すらかけられませんでした。本当の「ど素人」というのはわたしのような者のことです。 気になった方はぜひぜひお買いもとめのうえご覧くださいませー。(…あら、宣伝)
6月・7月号では「保育絵本へのアプローチ」という特集でこちらも購入させてもらいました。巻末の福島賞の公募広告に名前が載っていました。こんな風に知らないうちに知らないところで名前がひょっこり載っていたりするのもとても嬉しいですね。
あとになりましたが、はや12月です。信じられません。ほんとうに一日一日が過ぎるのが早いですね。 福岡でも急激に冷え込む日があったりとさすがに冬の寒さを感じています。残暑がいつまでも続いていた分、余計ですね。 どうかくれぐれもいつもよりご自愛くださいますように。
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後述つづき
児童書の作家が多く所属している社団法人が主にこの二協会なのですが、ほかに、”童美連”といって絵を描く職業画家向けの団体もあります。正式名は「日本児童出版美術家連盟」です。
このような社団法人に対して、創作集団プロミネンスは親睦団体という位置づけになりますでしょうか。
あれこれ、総しあげ期間で集中中(って、ちゅうちゅうヘンか)であります。
お返事等おくれがちになります。
初代パソのころの、ペイント(マウス)で描いた絵を置いときます。
Illustration 大塚菜生
取り急ぎ、本日の言いたいこと。
不謹慎かもしれませんが、ドラマの代役が間に合わない場合などは衣装はそのままのCG俳優をアテたらどうかなあと思いますけど。
老若男女の顔パターンを作っておいて、声優さんもいっぱいいらっしゃいますし、ね。
CG駆使されている番組ありますので、技術的には可能ですよね。あとは違和感が解消されれば......? でしょうか。
以下、18日付追記です。
10月に、時代ものの衣装を着させてもらったりしてあらためて実感したわけですが、こういった装束(大鎧の背中部分)の紐結びひとつにしても、慣れた方でも10分から15分くらいかかってました。
ドラマ好き個人の気持ちとしては、もちろん、「無理をするくらいなら、延期になってもいいのになあ」ですですゾ。
このところ免疫力が落ちていたみたいで、急遽、ちょっとした手術を受けました。
本人は元気になれたつもりでしたが、昨年、晩秋に患った感染症からの後遺症が根深かったみたいです。
後遺症じたいは筋力低下とか体内の一部の機能的なことで、他人に害をあたえるものではありません。そして、疲れが最大の敵とか......
これまで一馬力でできたことが三馬力必要になるとしますと、別のところに負担が行ってしまう、というようなものです。
でも入院せずにすみましたし、術後じゅうぶんに充電した夜には、楽しみにしていた劇を観に行ったりしましたよ。
(自分自身に馬鹿に違いないとツッコミしながら......)
本当につらいのは、自分のカラダのことではありません。
千葉や各地域の台風や大雨の被害で心休まらないなかの、首里城の焼失、言葉のかけようがありません。
昨年6月の、コールサック社さま出版の沖縄詩歌集をきっかけに沖縄を取材し、沖縄を素材にした話を書いていたところだっただけに、あれも、あれも消えてしまったのかと震えました。
ツイッターでは、また復元したらいいなど盛り上がりのツイートを見かけますが、この30年に命をかけた人がいたはずです。
詩のほうは、実父のつながり、従姉さんと亡き伯母から下地をいただいたものでした。
物語のほうも、快復してどうにか仕上げなくては......とあらためて決意をしました。
ほかにも、持ち込みや企画をできるところから再開していますので(相手あってのことですので)ヤル気は満タン! といいますか充満中なのですよ。
しんどいときにたくさん励ましていただいた、上野のヤマシロヤさんで、今年もカービィの楽しいイベントが開催されると発表されています。
絵本などを買っていただいた方には、おまけもあるようです。
カービィ関連も、まだまだお知らせできること今後もあると思いますので、ファンの方はひきつづき楽しみにしていてくださいね。
※追記画像をアップしました。これは、花鳥図(康熙丙戌花朝 孫億作 1706年)の複製画と思われますが、所蔵の文化財も消失したかもしれないとニュースで知りました。
出先でユニークな木造の駅に出会えました。
大隅横川(おおすみよこがわ)という鹿児島の霧島市内になるのでしょうか?
出かける前には降りる予定もなかった、駅員も見当たらないような駅(無人?)で出迎えてくれたのは、ガイコツさんでした。
この左手は……
しかも、駅まるごと、ぜっさんハロウィンぶり……
ちょうどこの世のものじゃない人たちに会いたかったところでした。
ガイコツさん、しばし、和ませてくれてありがとうございます。
ここんとこ、ひきうけた仕事の件でずーーーーーーーっとずずずーーっと悩んでいたのですが、半分くらい吹っ飛びましたヨ。
書くほうではないあまりやったことのない慣れない方面で、少し肩の力が入りすぎていたのかもしれませんねえ。
一部の方にご心配をおかけしています。
※この件に関しての話し合いをSNS等で#チューリップ会議と表明することになりました。近い将来花開いて、子供から大人まで、楽しんでいただけるものになりますように願いをこめてみます。
帰宅すると、文藝家協会さまから今年三度目? の著作物使用料のお知らせがありました。
新たに28件だそうです。感謝ばかりです。
創作方面は、今新しく取り組んでいることの成果をだせるよう、ひきつづきチャレンジしてまいりたいと思います。
親子さん向けワークショップの企画をまとめておくために試作品づくりにはげんでいました。
いまはいろんな材料も充実していて楽しいですよね。
さあ これで一儲け ……なあんてことは考えてませんから。
あ、でも、どこかのイベントでブラブラさせていたら 「ブログ見ました」の一言をください。なにかおまけがもらえるかもしれませんよ!?
元はピアスも好きでしたが、添い寝の時に子にグキッとやられて流血し、サイアクなことにひどい化膿をしてしまった経験があります。 穴もとうにふさがりました。くしゅん。
そういえば、いつのまにかこの季節ですねぇーー
Illustration 大塚菜生
なんのわんこだか忘れたけれど(犬種のことね)
いつかのペットショップで出会ったわんこちゃん。
目黒川で花見したときの、近くのお店だったかなー。
この子は、こちらが抱っこしようとしても、するするとぬけていくんです。
息子がこうして抱っこすると、少し安心してじっとしていましたよ。
ちょっとだけの時間ですが…
最近は、イベントの事前打ち合わせや会合が続いています。
そんななか、お会いできた作家さんが飼われている、わんこちゃんの愛らしい写真を見たり話をきいたりして、ふとわたしも絵に描きとめたくなりました。
個人的にも尊敬している福岡の親しい作家さんに、博多バスターミナルの紀伊国屋書店の児童書担当さまを紹介してもらったりもしました。
ありがたいことでした。
文庫コーナーでは、つばさ文庫「星のカービィ」シリーズ近刊の五話分が、それぞれ何冊も平積みになっていました。お客さまがよく買われていくそうです。
つばさ文庫にはさまれている(あれはなんというものでしょう、出版社さんの差し込みの…)カービィ絵本のCMカットもお見せしつつ、絵本版もよかったら置いてください、とお願いしてまいりました。
思いがけずお目にかかれてうれしかったです。これからもどうぞよろしくお願い申し上げます。
今週末もぼちぼち出かけてきます。
台風が関東に近づいていますね。通勤通学時間にかかると思いますのでくれぐれも安全にお過ごしください。なんなら、時間をずらすとかお休みできるといいですね……!
原稿を一本あずけられたのと、義母が落ち着いてきたので、KBCシネマ上映の「風をつかまえた少年」と「存在のない子供たち」を続けて鑑賞してきました。どちらも、この夏、映画館で観たいと思っていたものですが、どちらかというとレバノン発信の、俳優の男の子もシリア出身と前情報で聞いていた「存在のない子供たち」(原題:カペナウム)は必ず観ようとチェックしていました。
もう一方の「風をつかまえた少年」は最終週ギリギリの上映でした。久しぶりに見逃さなくて良かったと思えるほどの作品でした。(もっと早くに観て、福岡の周りの人にも伝えていたらと悔やまれます)
「風をつかまえた少年」は、実話を元に映画化されたもので、アフリカのマラウイを大干ばつが襲い、それを一人の少年の発明力が救った話でした。……と簡潔に書くだけだと、サクセスストーリーだよなーと穿って観ない人も多いかもしれませんが、いやいやそんな先入観はぬぎすててください。
わたしが注目したのは主人公ウィリアムのお父さんです。
ウィリアムのお父さんは、これまで器用に生きてきた人ではありませんが(例外は美人のお母さんをお嫁さんにできたことぐらい、と思わせるセリフはある)ウィリアムにとって別に悪いお父さんではありません。一家を守ろうとする真面目でひたむきなお父さんです。でもそのお父さんの性格により、大干ばつで追い詰められる家族をさらに追い詰めていってしまう流れがきちんと描かれていて、そこがわたしはとても良いなと感じました。一家をほろぼすのは悪いお父さんばかりではない…というのがですね。
ひとつを例にあげれば、中盤、ウィリアムのお父さんは、貧困にあえぐ家族を救うためと街へデモに行こうとする群衆のトラックに乗ってしまいます。その留守中、お母さんと姉だけ残された時間に家は村人に襲われ、やっと収穫したばかりのわずかな不出来なトウモロコシまで根こそぎ持っていかれてしまいます。
そのあともお父さんは、かたくなに目の前の乾いた畑を開墾しようと必死になるばかり、ウィリアムが学習し村を救えると確信したことを(想像と理解がおよばなくて)なかなか受け入れられませんでした。
それは見たまま聞いたままをすぐうのみにしてしまうこと、自分のなかの先入観、父親としての威厳、そうしたものがジャマをしていたんですね。
遠いアフリカの、約二十年前に実際に起こったできごとですが、わたしはリアルに”いま”のわたしたち周辺、とくにネットのなかに同じあやうさを感じました。
拡散されやすい言葉の一片だけを利用したり判断しているうちに、多くのウィリアム少年(のような光ある人)を追い詰めている気がしてならないのです。マラウイの村はまだ雨ごいが信じられている? のか? という描かれ方は現代人への警告のようにも感じました。
例えばその人が10の発言をして、ひとつ大きく間違っていたとしても、残りの9の力で未来が開けるかもしれないものを根こそぎうばっていくようなこと、これまでに、心当たりはないでしょうか。
その結果、結局、自分たち自身がどんどん苦しいところに追い詰められていないでしょうか。
大人の感情的なふるまいをマネした子供が同じようなことをせまい教室で展開していないでしょうか。
そんなあやうさをこのところずっと感じています。
そうした思いに答えてくれる映画でした。
わたしの感じたことは映画のなかのほんの一部ですから、まだ上映中の地域の皆さんはこの映画を観て感じたことを教えてほしいなあと思います。
日本でも、ご本人の著作の翻訳版と児童書が出ているようです。(もしや児童書界隈で読みのがしていたのはわたしくらいかもしれませんね……もったいなかったです)映画と出版物がどう違うのか読むのもこれから楽しみです。
「存在のない子供たち」ももちろんおススメ作品です。
(移動中にざざっと書いたものをとりいそぎアップしました。あとで気がついた誤りや不足分は修正を入れますゆえ)